「入れ、大人しくしてな。喧嘩すんじゃねぇぞ。あと、掘りあうなよ。そいつも商品だからな」
男に背中を突き飛ばされ、薄暗い部屋へと放り込まれた。 福岡の港にある倉庫街。
その中で一際目を惹く、トタンで覆われたボロくて安っぽい倉庫に連れて来られた。
塗装が剥げ、錆がでているシャッターを一メートルぐらい男が上げると、その隙間から倉庫内へと押し込まれた。
倉庫の中には段ボールが所狭しと積まれている。
箱に書かれた英字と日本では使用されていない種類の漢字から、それらがアジアからの荷だと想像させる。
男にせつかれ、倉庫の中央を歩いて行くと、突き当たりにドアがあった。
ドアの鍵を男が手早く開け、そして一言残すと、ドアを施錠し男は立ち去った。
部屋の中に先客が一人。
所々破れて中のスポンジが見えている染みだらけの汚いソファに少年が一人座っている。
綺麗な顔立ちをしているが、まだ幼い。
中学生ぐらいだろうか?
「おい、」
反応がない。
こっちを見向きもしない。
「おい、大丈夫か?」
少年の肩に手を置くと、ブルッと一瞬少年の身体が震え、怯えたような表情で初めてこちらを向いた。
「お兄さん…誰…?」
か弱い声で訊いてきた。
「市ノ瀬、市ノ瀬潤っていうんだ。お前は?」
少年の目が潤の全身を這う。
「お兄さん、奴らの仲間じゃないんだよね?」
「仲間じゃない。多分君の仲間かも」
「じゃあ、お兄さんも売られてきたの?」
嫌な言葉だ。
売るの売られたのっていうのは。
ここは日本だよな。
日本でも人身売買はあるっていうことか。
約二ヶ月前に自分の身に起こったことを思い出させ、潤の気持ちが暗くなる。
「俺は誘拐されたみたいだ。売られてはない。お前は売られてきたのか?」
「うん。父さんが僕を売った…」
実の父親が自分の息子を売ったということか?
こいつは親に売られてこんな場所に?
信じられない…親が子どもを売っ払う?
東南アジアの貧しい国ならいざ知らず、ここは日本だぞ?
生活保護だってある国なのに…子どもを売る事情なんて、一体どんな事情だ?
この二ヶ月で通常の生活では味わえないことはかなり経験したつもりだった。
しかし、まだまだ厳しい現実が世の中には沢山あるのかもしれない。
…そういえば、あいつの父親もまともじゃなかったようだし……
「名前教えてくれ。年幾つだ?」
「奴らの仲間じゃないなら、教えてあげる。僕は弘明。十五才だよ」
「十五って、お前…もしかして中学生か?」
「うん、もう長いこと学校、行ってないけど」
「お前、いや弘明の事情はよく解らないけど、取り敢えず、ここにいる間はよろしく頼むな。仲良くしよう。ここから二人とも無事に出られたら良いけど……」
「そうだね」
と呟く弘明の目には覇気がなく、自由になることを既に諦めてしまっているように思えた。
弘明という名の少年の横に潤は腰を降ろした。
潤に気を許してくれたのか、少年は潤の背にもたれてきた。
ソファーの上で脚を抱え込み、子猫のように丸くなって体重を潤に預けた。
「お兄さん、温かいね。兄ちゃんみたい…」
「弘明には、アニキがいるのか?」
「……いたんだ…。お兄さんに少し似てるかも。僕の兄ちゃんも色が白くて、髪の毛が茶色だった。優しくてカッコイイ兄ちゃんだったんだぁ。…もういないけど。少しこうしていててもいい?」
「いいよ。弘明も温かでホッとするよ」
華奢な身体がまだ子どもだと物語っていた。
まだ、子どもの体温をしている。
潤もそうだったが、女子と違い、男子は成長にばらつきがある。
小学生でも通りそうな肉付きだ。
この細い身体でどんな目に遭ってきたのだろうか?
少し精神的にも幼い感じがするのは、年の割に苦労してるせいだろうか?
兄もいたみたいなのに。
父親から売られる前に、手を差し伸べてやる人間はいなかったんだろうか?
背を貸して直ぐに、少年の様子がおかしくなった。
具合が悪いのか、小刻みで震えだした。
「どうした? 寒いのか?」
「違う…注射されたから」
「注射?」
潤が少年の方に向き直すと、細い腕を取った。
右、左と服の袖を捲って確認すると、左腕の内側に点点と注射痕があった。
素人が打ったのか内出血で青くなっている。
「奴らに打たれたのか?」
「うん」
「何の注射打たれたかわかる?」
「判らない……でも、打たれてしばらくすると、僕の身体変態になるみたい……」
「変態?」
「ウン、変態……。お兄さん、僕を軽蔑しないでね。身体が震えてきたから、そろそろだと思う…」
何のクスリを打たれたんだ?
覚醒剤?
あぁ、俺あまり薬物については詳しくないんだ。
ついこないだまでソッチ系のお知り合いはいなかったんだから。
きっとあの二人なら判るんだろうけど…会いたい……くそっ、こんな時でも顔が直ぐ浮かんでくる。
だいたい変態っていったら、あいつの専売特許じゃないか。
こんな子どもが変態って、どういうことだ?
あいつの変態とこの子の言う『変態』は、度が違うと思うけど。
少年の身体の震えが峠を越え少し落ち着いたかと思うと、今度は目がヤバイ。
トローンと潤んだ瞳で、顔が上気している。
「…熱い……」
自分の様子が変わっていくのを潤に見せたくないのか、少年は潤から離れて、ソファの端に踞った。
「弘明?」
潤に背を向けた少年が何をし始めたのか、直ぐに解った。
身につけているコットンパンツの中に手を入れ、モソモソ動かしている。
「触ってるのか?」
「身体が熱くなって…勝手に…勃つんだ…我慢出来ないの……」
そういうことか。 潤は少年のいう「変態になる」という意味を理解した。
注射の成分は、あいつが俺に使う催淫剤のようなものだろう。
「抜くと楽になるんだろ?」
「…うん……」
「してやろうか? 俺、上手いと思う」
「…お兄さんも…ぁ…変態…なの…?」
俺は変態じゃないっ!
ただ…恋人が男っていうだけで、決して変態じゃないっ! と、ここで否定しても空しいだけだが…。
「変態じゃないけど、弘明より少し長く生きてるから一人Hしてきた回数は多いよ。だから上手いと思うンだけど…。自分の手より他人の手の方がいいし……」
あいつに仕込まれたからって言えるわけないし…
「…僕の…触るの…ぁあ…嫌じゃ…ないの…?」
「嫌じゃないよ。大丈夫、俺変態じゃないから、安心して」
他人の性器を触るなんてこと、あいつ以外は出来ないと思っていたが、こんな幼い顔をした少年が薬物のせいで昂揚している姿は痛々しい。
浮気にはならないだろ。
その辛さを潤は経験済みだったので、同情心から出た言葉だった。