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頭が割れるとはこういう状況を言うのだろうか?  
鈍器で殴られた疼きと偏頭痛が重なり合ったような痛みに時枝は襲われていた。

「お早う、勝貴。気分はどうだ?」
「…ん、勇一か…ここは…、お前の部屋だったな…」
「記憶あるのか?」
「…、ソープの帰りにここに来て…、飲んだじゃないか……、ブルーに対して…今は動くなだろ……」
「それから?」
「まだ何かあったか? それから飲みあかしたんだろうが……くそっ…、あったま割れそうだっ!」 

ソファの上でしかめ面で起き上がろうとする時枝を、勇一が不気味な笑みを浮かべ手伝った。

「…水、くれ…、薬あるか…」 

ガンガン鳴る頭を抱え、取り敢えずこの痛みから逃げ出したかった。

「ほら、二日酔いの薬と水」 

時枝は礼も言わず、差し出された錠剤を乱暴に口に投げ込んだ。 
そのままソファの上で踞ること数分。

「…効いてきた…、大分楽になった」
「それは良かった。じゃあ戻るか。ほら、服」  

勇一がシャツと袋に入った真新しい下着を投げつけた。

「何だ、コレ?」
「俺のシャツ貸してやる。下着はさすがに新しい方がいいだろ?」 

何を勇一が言おうとしているのか、直ぐに時枝は理解した。

「何で、俺パジャマ着てるんだ? 俺の服はどうした?」 

その質問に一瞬勇一の眼が妖しく光ったのだが、時枝は自分が着ているパジャマに視線を落としていたため、気付かなかった。

「色々汚したから、洗濯機の中。ズボンはそこ」 

ソファの背もたれに昨日身につけていたズボンはあった。
薬が効いてきて、少しずつ時枝が思考力を戻してきた。 
下着まで渡されたってことは? そういえば、この感触は直にパジャマのズボンを穿いている…のか?
ウエストのゴムを広げて中を覗いてみた。

「…穿いてない」 

時枝がギロっと勇一を睨み付けた。
どういうことか説明しろと、その眼は問いかけている。

「その眼、朝っぱらから怖いぜ。早朝はもっと爽やかに行こうぜ。さっき、俺言ったろ? 色々汚したから、って。気持ち悪そうにしてたから、脱がしてやったんだ。その上、パジャマまで着せてやったんだから、感謝しろよ」
「その色々汚したってなんだ、説明しろ」
「だからお前、昨日酔って暴れるから酒とか零したりして、大変だったんだ。普段クールな秘書さんの変貌にマジ驚いたぜ。お前いつから酒乱だ? 乱れるお前も悪くはないが」  

何故か、勇一がウィンクを飛ばしてきた。
数年来の友人歴の中でなかった行為に、時枝の背筋に悪寒が走った。 
――引っかかる。
額面通りに受け止められないのはどうしてだ? 零したり? 
『たり』ってことは他にも何かあるってことじゃないのか? 思い過ごしか?
『乱れる』って、酒飲んで暴れるときにはあまり使わない表現のような気もするが……イヤ、思い過ごしだ! 
それ以上何があるって言うんだ、バカバカしい。
過剰反応すれば、昨日の朝のように嘲けられるのがオチだ。
この身体が気怠いのも二日酔いに因るものに違いない。

「お前、意外と可愛いよな」 

お、落ち着け。挑発に乗るな! ここで反応すればヤツの思う壺だ。

「そりゃ、どうも」 

ほう、そうきたか?  
勇一は時枝の反応を楽しんでいた。 
時枝が詰問する気がないのなら、昨夜の『楽しい』出来事について、自分から教えるつもりはなかった。 
ま、そのうち、形跡でも見つけるんじゃないの? と、それを時枝が発見して驚いている顔を想像するだけでも愉快だった。