「おかえりなさいましっ」
「留守中変わったことは?」
「…」
本宅に戻った時枝と桐生組組長勇一を、表門で佐々木以下本宅在住組が出迎える。
勇一に訊かれ、咄嗟の返事につまる佐々木だった。
変わったことは大ありなのだが、それをここで今暴露してい良いものかどうか。
「ん?」
「…あの…、ボンから用事を頼まれまして、それをこなしていましたが…、それぐらいでしょうか?」
しどろもどろに佐々木が返答した。
「あぁ、その件は武史から聞いている。ご苦労だったな」「何です? 社長の用事とは?」
黒瀬の秘書である時枝は、黒瀬に対し自分の関知しない事があるのを好まない。
「なに、俺がお前を連れ出したので、佐々木を代わりに使ったそうだ」
「あの、ボンから時枝さんに言付かりが…」
今がチャンスかと、佐々木が時枝に黒瀬から預かったメモを渡した。
受けとり、中身を確認した時枝の眉頭が歪む。
「はあ、佐々木さん、お疲れ様でした。大変ご迷惑をおかけして申し訳ない」
そのメモの内容で、佐々木が頼まれたという用事のが何であったのか、瞬時に理解した。
時枝が、深い溜息とねぎらいの言葉と共に佐々木に深々と頭を下げた。
「と、時枝さん、頭、上げて下さいっ」
佐々木が驚き、声をあげた。
「後のことは私が責任を持ちますので、ご心配なく。ったく、あのバカップルは…」
ギッと、時枝が勇一を睨み付けた。
「おいおい、俺を睨むな。一体どうしたっていうんだ、二人とも。そんなに大変なことをさせられたのか、佐々木?」
「…はい…、イヤ…、用事自体は…」
「佐々木さん、何も言う必要はありません。私が説明しますので。本当にご迷惑おかけしました」
時枝の助け船で、佐々木は命拾いをした。
黒瀬には、後のことは自分が責任を持つと虚勢を張って言ってはみたものの、正直なところ、組長に何と報告をすべきかと、頭を抱えていた。
ひとまずは、助かったとホッと安堵する佐々木だった。
「さあ、組長、いつまでここで立ち話するつもりですか? 朝食を食べるんしょ」
「そうだった。あの二人を起こしてこい。今日こそは一緒に食べるぞ」
その勇一の言葉に、時枝と佐々木が目を合わせる。
「はいはい、行きますよ」
強引に勇一を引っ張り、時枝が出迎え衆の前から勇一を移動させた。
「何故あの二人は顔を出さない」「疲れいるんじゃないですか? 私と二人の朝食は不服ですか? だいたい…、はぁ…」
朝食の膳が四人分用意されているが、部屋にいるのは時枝と勇一、それに待機の若い衆が一人。
「だいたい、まだ朝の七時ですよ。ゆっくりシャワーでも浴びてから戻ってきたかったのに、組長が急かすから、顔を洗っただけで出てきてしまった。サッパリしたいものですね」
「だったら、この後ゆっくり露天にでも浸かればいい。いつでも湯は張ってある」「そうさせていただきます」
「二日酔いはどうだ?」
「おかげさまで。薬が効いたようです。このシャツはクリーニングに出してからお返しします。それでいいですね。下着は、頂きますよ。お返ししても失礼でしょうから」
にやっと勇一の口角が上がる。
「ああ、記念に取っておけ」
「記念?」
二日酔いの記念とでも言うつもりか?
たかが下着一枚でいちいち大げさなやつだ。
味噌汁の椀を取りながら、時枝が勇一を呆れ顔で睨む。 今朝、酷い二日酔いで目覚めてからまだたいして時間は経ってない。
二日酔いによると思われる激しい頭痛は薬で楽になったが、その後バタバタとさせられ、身体が怠い時枝だった。
着替えるまえにシャワーを浴びたかったのだが、目の前の男に腹が減ったから戻るぞと急かされ、洗顔だけに留まった。
本宅に戻れば戻ったで、黒瀬の逃亡を知らされ、二日酔いとは別の頭痛が時枝を襲っていた。
勇一に知らせるのは、ゆっくり湯でも浸かってサッパリしてからの方がいいと黒瀬と潤の逃亡について口を閉ざし、朝食の箸を進めた。
「ごちそうさまでした。では、湯をお借りします」
「もういいのか? ゆっくり湯を楽しめよ」
席を立つ時枝を勇一がにやけた顔で見送った。
「おい、俺も入るから、時枝が中に入ったら俺の着替えも脱衣場に用意しといてくれ」
若い者に言いつけると、気持ち悪い薄ら笑いを浮かべ、朝の膳を一人食べ続けた。