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「その荷物なに?」 

潤の声で黒瀬は現実に戻った。

「ふふ、気になる? 大きい方はね、ドーナツ型のクッション。小さい方は薬とその他諸々」
「その他諸々ってなんだよ」
「内緒。それより、薬を塗ろう。続けて無茶し過ぎたから。もう、年内は挿れるのはなしだからね」 

昨日本宅の離れで想いを通じ合ってから初めての結合を血と痛みを伴う方法で営んだ潤と黒瀬。
その後大人しくしていれば良かったのだが、この黒瀬のマンションに着いた後も、更に傷口を広げるような行為に明け暮れていた二人だった。
さすがに、挿入まではするつもりはなかった黒瀬だったが、激痛で動けないはずの潤が「して」と何度もねだるものだから、最後には根負け、いや欲望負けして、挿れてしまったのだ。

「…何でだよ……、」 

潤の表情が曇る。

「これ以上すると、病院行きになるよ? 他人に見せたいの?」
「…それは嫌だけど…」
「それに、下のお口には挿れないけど、こっちには挿れることできるし、ね?」 

黒瀬の人差し指が、潤の唇に触れた。

「ここは嫌かい?」 

潤が首を振って答えた。

「良かった。全身が愛を確かめる道具になるし、凶器にもなるから」
「なんだよ、凶器って」
「イギリス滞在中は、私の身体は、いや存在自体が潤には凶器だったろ?」 

黒瀬は、自分をまだ責めているのだろうか?  
潤は黒瀬の心の内を思い、切なくなった。  
確かに、褒められた行為は一切なかった。
しかし、今の潤にはそれが黒瀬の愛の形だったと痛いほどよく分かる。
そのことを後悔してほしくはなかった。あの卑劣な行為のおかげで、自分は救われたと十分実感している。 
あの時は時枝に諭された形だったが、今思えば、心の片隅ではちゃんと潤にも分かっていたのだ。
それを認めるのが怖かっただけで。

「偽物の凶器だった……初めから愛を確かめる道具だったんだよっ、黒瀬、自分を悪く言うなっ」 

潤の中で、イギリス滞在中の事が駆けめぐり、感情が昂ぶる。

「潤…、泣かないで」 

黒瀬がチュッとキスを潤の額に落とし、興奮のあまり流れ落ちた涙を移動した黒瀬の舌が掬い取る。

「へへ、ゴメン。ちょっと、変だな俺。嬉しくても情緒不安定になるのかな。あ、そういえば、凶器と言えば最初の機内のアレは凶器以外の何物でもなかったぞ? 黒瀬の左手。うん、あれだけは本物だ。でも、その後は違うから、悲しいこと言うなよ」
「ふふ、ありがとう。あの後、潤に叩かれて心が痺れたよ。この凶器はその時封印されたのかもしれないね」 

黒瀬が自分の左手を見つめた。 
黒瀬にして見れば、最初の悪戯心が、まさかこんな風に人を愛することに繋がるとは、思ってもいなかった。
いつもの退屈しのぎの一環のはずだった。
それが自分より大事な存在を手に入れることになったことに、感慨深いものがある。

「さあ、薬を塗ろう」 

横たわる潤から布団を剥ぐ。 
本宅から裸に毛布で連れてこられた潤は、その後今に至るまで裸だ。
むき出しの腰下にドーナツ型クッションを敷く。
腰を少し浮かせた状態にし、黒瀬が潤の脚をゆっくりと割る。 
自分が後悔すると潤が傷つくことは黒瀬にも分かっている。
しかし、この真っ赤な花弁が散ったような裂傷を見ると、目を背けなくなるぐらい酷い。
痛々しいなんていう生半可なものじゃない。
催淫剤を使用したわけではない行為で、恐ろしい激痛が潤を襲っていたことは間違いない。
痛みのなか、萎えなかった潤を思うと、潤の自分への思慕の深さを感じる。
傷の深さが潤の想いの深さなのかも知れない。
潤が自分に向ける愛情の強さに、黒瀬は思わず涙が溢れそうになる。
もちろん、そこはグッと我慢して、塗布を始めた。

「染みる?」
「ううん、大丈夫」 

言葉とは裏腹に、黒瀬の薬の付いた指が傷を触る度に潤の手がシーツをぎゅっと握りしめていた。
本宅で薬を塗った時より酷くなった裂け目には、薬の成分が染み込むのだろう。

「内にも塗るからね」 

指にたっぷりのジェル状の薬を付け、ゆっくりと挿入する。
優しく、内壁にジェルを塗り込めるように黒瀬が指を動かすものだから、痛みとは別に甘い疼きが生まれ、潤から声が漏れた。

「…黒瀬、ヤバイよ…。早く終わらせて」
「薬を塗っているだけなのに。やはり医者には連れて行けないね」
「バカ、黒瀬だからだよ……。黒瀬の指だから反応するんだ」  

だよな? 
違ってたら自分が許せないから、黒瀬以外には絶対触らせないぞ、と密かに決意をする。

「あれだけイったのに、まだ勃つなんて、潤のは凄いね。収めてあげるから」 

薬を塗布し終わった黒瀬が指を潤の中から抜くと、潤の中心に手を添え、そのまま口に含んだ。

「…黒瀬っ…、駄目だって…。俺ばっかり…あぁ…ん…、…あっ…、気持ちいい…」 

――温かい… 性器を黒瀬の舌が這い、巧みに追い上げられていく。 
それだけではなく、黒瀬の口内の温かさが、舌の刺激による快楽とは別の熱が潤を覆う。
口内の温もりが、自分を思う黒瀬の温度のような気がして、欲望と共に心が満たされていく。
同時に、奉仕させてしまっているような、罪悪感にも見舞われる。 
俺も、早く黒瀬ぐらい上手くならないと…  英語のメイクラブという文字が快感の波間を泳いでいる潤の頭に浮かぶ。 
一方的にしてもらうばかりじゃなくて、黒瀬にも悦んでもらえるよう俺もちゃんと学習しよう… 
黒瀬が知ったら嬉しくて卒倒しそうなことを、口淫で喘がされながら、潤は真面目に考えていた。