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「……」
「どうした?」

黒瀬の胸に抱かれたまま、潤は仰天し言葉を失っていた。
通常のエントランスとは別に用意されているらしい、一階の出入り口。
そこを通った時も造りの豪華さに唖然とした。
どうみても大理石しか使用されてない床と壁。
しかもその場でこれが鍵代わりになるからと、潤の指紋と掌の静脈をセンサーに読み取らせ、暗証番号と共に記録した。
それだけでもかなり驚いたというのに、直通のエレベーターに乗り、着いた先がいきなり玄関の外ではなく中だった。

「…何でエレベーター降りたら、もう家の中なんだよ。ふつう、エレベーターの扉が開いたら、目の前は通路じゃないのか?」
「そう? このフロア全部が私の部屋になってるから、通路は必要ないんじゃない? 玄関口を別に設ける必要性もないし…。ま、この建物自体がうちの会社の所有だしね」

本宅に連れて行かれた時よりも潤は驚愕していた。

「そうは言っても、武史さま。ふつうはこのような造りを目にしたら驚きますって」

荷物を持って後からついて来た佐々木が、潤の反応を当然だと擁護した。

「そうか? 無駄を省いたらこうなっただけだ。あ、荷物は奥まで運んでくれ」

先に佐々木を進ませてから、潤を抱え直し、奥の寝室まで運んだ。

「黒瀬って、服装だけじゃなくてインテリアのセンスもあるんだ」

玄関は驚いたものの、その他は高級な造りのマンションという感じで特に仕掛けはなかった。
しかし、材質に拘っていることとは大学生の潤にも判る。
高級感が溢れているのに成金趣味的な下品さは一切ない。
選び抜かれた家具と間接照明の醸し出すシックで落ち着いた空間に黒瀬のセンスが覗える。

「お褒め頂きありがとう。仕事で輸入家具も扱っているしね。良い物が安く手に入るから。潤の部屋も作らないといけないね」
黒瀬がキングサイズのベッドに潤を置く。包んでいた毛布を剥ぎ、フカフカの羽毛布団の中に潤を入れた。
「ここに?」
「嫌かい?」
「…嫌じゃないけど、俺福岡に戻らないと行けないし…」
「いつ来てもここで過ごせるように、必要じゃない?」
「でも、ここに来たときは黒瀬と一緒に居たいから…、別に俺個人の部屋はいらないと思うけど。身体が平気な時も、ここで一緒に寝てもいいんだろ?」

この子猫はなんて可愛いことを言うようになったんだろう…。
あんなに酷い目に遭わせた俺にここまで愛情を示してくれるなんて…。
布団の中から顔だけ出して、上目遣いに見上げる潤に、黒瀬の心臓がキュッと締まる。

「もちろん。じゃあ、この寝室に潤専用のクローゼットを作ろう。荷物置き場にしてもいいし、身体一つで遊びに来てもいいように、服や靴を置いていてもいいし」
「服や靴は自分で揃えるよ。あまり甘やかしてくれるなよ。俺、男だし、全てを甘えるわけにはいかない。ちゃんと仕事ができる人間になりたいし…、ちゃんと黒瀬を向き合える人間ならないとな。じゃないと、時枝さんに負けた気がする」
「どうしてここで、時枝が出てくるんだい?」
「だって、黒瀬のこと何でも判っているじゃないか…癪だけど俺よりずっと黒瀬の過去も知ってるし、仕事のこともそれ以外も…、俺が黒瀬の一番になりたいっ」

言ってて恥ずかしくなったのか、潤が布団を被った。

「ふふ、潤のジェラシーは嬉しいね。潤は私の一番だよ。私の未来をずっと一緒に歩いてくれるのが潤だと信じているけど? 過去より、未来の方が長いよ、きっと…」

潤の顔を覆っている布団を黒瀬が剥がす。
あからさまな嫉妬を口にしてしまって赤面した潤の視線が、照れ臭そうに泳いでいる。
そんな潤の頬を両手で挟むと、黒瀬が潤の唇にバードキスを落とす。

「潤、好きだよ…。ちょっと待ってて佐々木を放ったらかしにしたままだから行ってくる。飲み物を持ってこよう。何がいい?」
「水が飲みたい」
「分かった。身体が怠かったら、寝てていいよ。起こしてあげるからね」
「うん、ありがとう」

じゃあ、と潤を一人残して寝室を後にした。